接客という業についての覚書|接客業はいつも雨のち晴れのち雨
スマイル101兆4564億円(2019年度)
接客労働者には、愛想手当が必要なのではないだろうか。壊れたレコードのように繰り返す「いらっしゃいませ」、心にもない「ありがとうございました」「またお越しくださいませ」、歯を食いしばって絞り出す「申し訳ございません」。どう足掻いても日本人(クソデカ主語)がこれらの呪縛から抜け出せないというのなら、いっそのこと手当を用意するべきだ。ひと昔……いやふた昔かさん昔くらいに流行った「スマイル0円」というフレーズ。当時悪ノリして店員にスマイルを注文しまくった若者たちも大人になり、社会人になり、血を吐くような気持ちで顧客にスマイルを振りまきながら、かつての愚行を懺悔していることだろう。な~にがスマイル0円じゃ!
愛想は大切だけれども(結局何もかもごく一部のクソ客のせい)
先日、「XXという店員の愛想が悪かった」という名指しクレームが店に入った。個人的に最も貰って困るクレームが「愛想がない」。誤解を招かぬよう前もって言っておくと、曲がりなりにも接客業で、目の前の人間から代金を頂戴してそれが我々の賃金になっているのだから、どんなに虫の居所が悪かろうと客に対する最低限の愛想は繕うべきだ。けれども時給800円とか900円そこらで働く学生に一流ホテルマン並みのサービスを求めて喚き散らすような客が現実に(マジで)存在する以上、「愛想がない」というクレームが発生した際に、その客がクソなのか本当に店員がクソだったのかは、現場を見てみない限り判断しかねるのである。そういったクレームを貰った従業員サイドのやることといえば、みんなで顔を合わせて苦笑いして、もにゃもにゃと二、三言意見を交わして、「一応気を付けていきましょう」という無難な結論を出して、解散。社員主体の店舗ではそうはいかぬだろうが、学生アルバイトと20代フリーターが全従業員の9割を占める職場にとって、「愛想がない」というクレームは、どうにも持て余すのである。
あれだけコンビニがあるのだから客にコンビニバイト経験者がいても何らおかしくない
ある程度接客業をやっていると、目の前の客が接客業を経験した人間か否か、すぐに見抜けるようになる。これはよく言われる話である。物腰が違う。こちらがいらっしゃいませと言うと、なんだか申し訳なさそうな顔で商品を差し出してくる。こちらまで申し訳なくなる。たまにバーコードをこっちに向けてくれたりする。会計後に無言でポイントカードを出したり、レジ計算後に「待って2円あったわ」とか言いながら小銭を投げたりなんてことはしてこない。全員が全員そうというわけではないが、こう、優しい。みんなありがとう。
今日も呪いを抱えて買い物へ
接客業を経験すると優しくなれる。これはある程度真理だろう。ところがこの「接客業経験者」というものにも厄介な部分があると思う。それは例えば「まー無愛想な店員、うちの店ならクビになってるわ」とか、「店に入ったのに挨拶ナシとか、自分が似たような店で働いてたときにはとても考えられないね」のような、経験者の目線による無意識の店員ジャッジである。これは接客業経験者を苦しめる一種の呪いのようなものだと思う。何もジャッジしたいわけではない。でも、ジャッジしてしまう。この店員はいいねとか、この店員はちょっとよくないねとか、本心ではそういう……そういう目線で店員を見たくないのに、どうしてもそういう目線で見てしまうのだ。これは本当に苦しい。本来ならば商品さえ売ってくれればそれでいいのに。アルバイトをしていなかった頃は、店員の態度なんて意識したことも無かった。ウウッ苦しい。いわゆる「気にしい」の人間ほど、苦しいのではなかろうか。私はめちゃくちゃ気にしいなので、めちゃくちゃ苦しい。この呪いが死ぬまで付きまとうと思うと……ゾッとする。不意にモンスタークレーマー予備軍という言葉が脳裏を掠める。目眩がしてきた。呪いになんて、絶対負けないんだから。
みんないつもありがとう
コンビニに入って、108円の食パン1つ抱えた私のために品出し中の店員がレジに駆け寄って来るのを見ると、心がキュッとする。「食パン1つで会計呼ぶなや」とか「お前にだけは売りたくないんだけど」とか「視界に入るなブス」とか言わないでくれることに感謝しかない。愛想って本来は超高級品だと思うのだが、いつからこんなに安くなったのだろう。人間めちゃくちゃ腹が痛い時もあれば、鼻水が止まらない時もあれば、頭が割れそうに痛い時もあれば、よく分からんがとにかくむしゃくしゃして仕方がない時もある。何年も何十年もの間、1週間のうち5日がずっと好調な人間などいるものか。たまたま入ったコンビニの店員の体調や精神が万全とは限らない。万全じゃないとも限らないけれど。あなたの体調が良いか悪いか私には分からないけれども、私が食パンの袋を持っておずおずとレジに近づいたとき、すぐに気づいてくれてありがとう。駆け寄ってきてくれて、どうもありがとう。