珈琲三杯|思索のための思索

限界フリーターが毎日の思索を書き綴る。手帖の代わり、或いはゴミ箱。

熱く賢き者たちのこねこねについての覚書|ここに書いてあること自体がそもそも屁理屈だからな

一般論は個人に対して無関心

インターネットには、「屁理屈な正論」が山ほど転がっている。適当に具体例を出そう。「体調管理をしましょう」というありきたりな提言がある。これに対して、「体調は管理しようと思って出来るものではない、お前はウイルスを管理出来るのか?心の不調を管理出来るのか?体調なんか管理出来るわけないだろ!」と反抗する人がいる。ある意味ご尤もだが、私はこれを「屁理屈な正論」と呼びたい。というのも、一般的なものとして、あくまで一般的なものとして、いや私の中の一般的なものが叫ぶには、体調管理とは「手洗いうがいで予防に努める、暴飲暴食や夜ふかしを避ける、栄養バランスの良い食事を摂る、不調を感じたら早めに休息を摂るなり睡眠を摂るなり薬を飲むなり医者にかかるなりして悪化を防ぎ、それでも悪くなってしまったものは、しゃーない」ということを指すのであって、何も身体に入ってきたウイルスまで管理しろとか、心身の突発的な不調まで管理の力でねじ伏せろ、とまでは言ってないと思う。多分。世の中の一般論は、そこまで求めていないと、私は信じている。しかしながら、「屁理屈な正論」が生まれる原因もまた、世の中にある。そう、世の中には、「ウイルスも管理しろ、心も管理しろ、急な不調も管理しろ、不治の病も管理しろ、お前の身体に起こる何もかもはお前の責任だ」などということを平気で言うブラックな人たちがいるからである。当たり障りのない一般論と、過激な極論の間に生まれるものが、「屁理屈な正論」である。このように、世の中は一般論、正論、極論で絶妙なバランスを取りながら、今日も仲良く喧嘩しているのだ。世の中、温かな白色と冷たい黒色だけじゃ不十分だ。白に反抗し、黒に抵抗するような、熱い灰色が必要なのだ。

 

※麦茶です

そう、それは正論。正論には違いないのだが、まあちょっとお茶でも飲んで話でもしようや。真冬だけど、キンキンに冷えた麦茶でも飲もうや。あなたの言っていることは正しい。あなたに必要なものは、その熱さを冷ますことだ。その熱さが冷めたとき、あなたはより正解に、完璧に、近づくことが出来る。馬鹿にしているのか、ですって?そう聞こえたのなら誠に申し訳ない、けれども決して馬鹿にしてなんかいない。これだけは信じて欲しい。ところで、あなたの心にほんのひと匙でも、「なんか屁理屈言ってる気がする」という気持ちはないかね?無いならそれはそれで結構だ、あなたは燃え盛る太陽のような人だ。自分自身を燃やし尽くさぬように気をつけなさいよ。

 

つづき 一般論の人そこまで考えてないと思うよ

「議論をやるときは冷静に行うべき」という一般論と、「議論の中で冷静になれないやつは何やっても無能」という極論の間にしっかり腰を据えて、一般論に反抗し、極論に抵抗するのがあなたの役割だ。あなたの言い分はこう。「冷静に行うべき、だって!?……ああいや、それ自体は分かる。わかりみが深い。しかし、不当な言い分に対して、熱意でもって返さざるを得ないことだってあるだろう。冷静に言っても全く通用しない相手だっているだろう。冷静に言っても通用しないと分かっていて、それでもこちらは冷静でいなきゃならんのか?それともなんだ、熱い議論は罪だとでも?」――ウン、一般論は多分そこまで言ってないと思う。はい、キンキンに冷えた麦茶。クソ上司やアホ同僚になんか言われたときこそ、冷静に、お返ししてやらねばならんのだ。厭味を言ったり、クソデカ溜め息をついたり、椅子を蹴ったりするのがイカンというのであって、熱意でもって申したいことを申すのがイカンとは言ってない。熱意があるのは結構だが態度は常に冷静でありなさいよ、さもなくば自分の首を絞めますよ、的なことを言いたいんじゃあなかろうか一般論は。どちらにも言い分があるような状態で喧嘩する時は、カッとなった方が負けだ。もしどちらかが暴言でも吐こうものなら、世間様は暴言を吐かれた方に味方するだろう。暴言を吐いた方を軽蔑するだろう。ああ、これもあくまで一般論であるよ。私の中の、一般論であるよ。そうでない場合も勿論あるだろうさ。残る「冷静になれない奴は何やっても無能」論についての反論は容易だろうから、わざわざ言ってもらう必要もないな。「そんなことはない」。はいおしまい。

 

つづき 想像の先を行き過ぎること

熱い灰色たるあなたは少しばかり賢すぎる。賢すぎるから、先の先、ありとあらゆるシチュエーションを脳内で瞬時にシミュレートして、「その一般論はこれこれこういう場合には当てはまらない」ということが、すぐに思いつくのだろう。しかし安心しなさい、遥か昔から、賢者と一般論は仲が悪いものだ。極論は賢者とも愚者とも仲が悪いが。賢者はいつも一般論に対してああでもないこうでもないと理屈を捏ねてきた。それに対して一般論の方はというと、持てる限りのコネを利かせて賢者を社会から排除したり、酷い時には処刑したりもした。君もそのうちの1人であるというだけだ。けれども昔と違ってそう簡単に排除されたり処刑されたりすることは無いだろうから、安心しなさい。麦茶のおかわりはいるかね。

 

 

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