買わない悦びについての覚書|嫌いなものこそ無関心ではいられないからね
2020年に買って良かったもの!!!!!!!!
購入の悦びを知りやがって
2020年、「買って良かったもの」が無くてよかったと思っているし、これから先も無ければいいと思っている。もう購買行為に伴う苦痛と快楽の不毛な無限ループにはウンザリだ。何か魅力的なモノに出会った時も、これを手に入れるために支払う金銭、それを手に入れるために払った膨大な苦痛を思えば、その取引もシャークトレード以外の何者でもない。この世における最大の拷問たる労働、それで得られるモノがたったこれっぽっちだって?誰が買うかいこんなモノ。私が1時間働いたら家が1軒建ってほしい。じゃあお前は何のために働き何のために賃金を得るのかって。私が労働で得た金銭は、生命の持続、尊厳の確保、人間らしい生活の維持という尊い目的のために使われるのが素晴らしい。自分のことに関する限りにおいては(※)、特別な日のケーキに費やされる500円より、生命の維持に必要な最低限のパンに費やされる100円の方が遥かにエライと思っているし、何なら特別な日のケーキ(笑)くらいにしか思ってない人間だ。贅沢の神も匙を投げることだろう。
※こうでも書いておかないと次の段落の内容と多大なる矛盾が生じるので赤のクソデカ太字で強調しました
みんな私の自己満足の糧になれ
「自分のために買って良かったもの」は特に思い浮かばないが、「他人のために買って良かったもの」ならそこそこ浮かぶ。現状、差し入れのお菓子を選んでいる時間が、自分にとって最も楽しい買い物の時間になっている。自分用のお菓子を買っている時間はちっとも楽しくない。値段と、カロリーと、内容量と、それらを計算して商品棚の前でエラー起こしている時間はちっとも楽しくない。労働時間がお菓子に取って食われようとしている様子を見るのは気分が悪い。一方、他人用のお菓子は値段とカロリーをほとんど気にしなくていいから存分に選択肢が増える。自分用のお菓子は数十円単位で損得勘定するが、他人用のお菓子は予算の1000円オーバーくらいほんの誤差だからである。今年はLINEギフトなるものの存在も知ったので、体調不良でバイトを休んでいる女の子の誕生日にローソンのお買い物券を贈った。ウワ、若者っぽい!しかもあれ、自分用にも贈れるらしい。なのでLINEポイントをちまちま集めて、500円分のお買い物券を自分に贈った。そして先日その500円お買い物券を手にローソンで……呆れるほど右往左往した。何を買えばいいか分からない。ぐるぐるぐる。タダで貰った買い物券での買い物すら、自分用となれば、驚く程に楽しくないのである。
頭の中もミニマルにしてどうぞ
私はミニマリストではないし、むしろミニマリストの敵でさえあると思っている。ミニマリストたる彼らは、モノを少なくしようと努めんがために、常にモノについて思考を巡らさざるを得ないからである。彼らはモノのどうこうについて考えることを非常に好むが、私はその反対で、モノのどうこうについて考えることに対して非常にうんざりしている。ミニマリストの方々、彼らは量を少なくせしめようとして、質を求める。彼らは質が1のモノを100所持していたり、質が10のモノを10所持しているよりも、質が100のモノを1所持している方が遥かに偉いと考えている。ように見える。私にとっては、結局のところ質×量が全てであって、どちらも100持っていることに変わりはないのだが。とはいえ現時点においては、私もモノを欲しないよう努めるあまり、常にモノと欲求について思考を巡らしている状態である。このブログにおいて、モノ云々欲求云々と書かなくなれば、私がゴールに到達したものと見なして頂いて構わない。まあ、きっとそんな日は来ないんだと思う。モノと欲求については、当ブログの格好のネタであるから。
2020年買わなくて良かったもの
①掛け布団
長年使っている掛け布団が汚くなったってんで、捨てたはいいものの、さて冬を乗り越えるのに毛布2枚じゃ寒いぞどうするか。あのね、白黒れむちゃんは社会的人間初心者だから其の辺の判断が難しいのかもしれないけど、普通こういうものは買ってから捨てるんだ。そんなことを考えながら楽天で掛け布団を眺める日々が続いていたところに、おかーちゃんが新品の掛け布団を持って遊びに来た。サンキューマッマ。とても嬉しかったので、掛け布団は汚れないように大切に飾ってある。
②岩波文庫『エミール』(下)
2019年の私が既に買ってました。買わなくてよかったです。
③冷蔵庫と電子レンジ
こいつらがいなくても何ら支障なかったのでこれから先も無しでやってこうと思います。