いらっしゃいませ―ありがとうございました―どういたしましてについての覚書|接客業10年目を迎えるいらっしゃいませbotの哀愁
はーい2人組作って
「ありがとうございました」とペアを組むべき相手は「どういたしまして」なのか、それとも「いらっしゃいませ」なのか。一体何を言っているんだという感じだが、私も分からない。「ありがとうございました」のペア候補としては他にも「よろしくお願いします」や「とんでもない」など様々な言葉が考えられるが、前の2人に比べるとどれも今ひとつパッとしない。「ありがとうございました―どういたしまして」のペアは、人の好意、愛情、秩序、道徳、平和、そういった面においての最強タッグである。一方で「いらっしゃいませ―ありがとうございました」のペアは、人の生活、文明、経済、労働、義務、形式、そういった面においての最強タッグである。うーん、優劣つけ難いな。前者が「対になる2人」だとするならば、後者は「1人で対をなす」のだ。どちらのキャラクター設定が好みかと言われれば、私的には前者だけどなあ。
まあそれはそれとして
現実って大体こんな感じだよね
あいあとーございました
私は初めてのバイトから今まで接客業しかやってこなかったせいか、「ありがとうございました」が上手く発音できなくなった。日常会話だったり文章を読み上げたりする際は全く問題ないのだが、実際に接客するとどうしても「あいあとーございました」になってしまう。正しい発音を意識しようとすればするほど酷い噛み方をしてしまうので、もう最近では「あいあとーございました」に甘んじている。言いすぎて言えなくなるというのはなかなか厄介だがある意味おもしろい。まあ、「ございました」とそのあとに続く「またお越しくださいませ」がちゃんと言えてるだけいいのかな。よく行くコンビニに長年いる元気なお兄さんなんか、「あっしゃー!っせー!」だもん。「またお越しくださいませ」が超圧縮されて「っせー」になっている、しかしそれでいてなんとなく聞き取れてしまうのはある意味すごい。
買うは易く売るは難し
それにしても、ふふふ、現代人とはまこと、いらっしゃいませbotであることよなあ。私は現代人の経済活動をおままごとのスケールがクソデカくなったものくらいにしか思っていないので、あちらこちらでいらっしゃいませいらっしゃいませという人間の鳴き声を聞くたびに、ちょっと微笑ましくなってしまう。仕入れや棚卸などの面倒な概念がなく、売れようが売れまいが売り手の生活にはなんら影響がなく、何より接客のストレスが皆無であるぶんだけ、お店やさんごっこの方が我々の経済生活よりも遥かに先を進んでいるんだもの。それに、お店やさんごっこは買い手よりもむしろ売り手の方が楽しんでいる場合が多い。現実のお店やさんの場合、楽しみの総量のうち95%くらいは買い手側が独占している。オイオイもう少し売り手にも楽しみを分けてくれよ。人は生きるのに欠かせない物品の獲得にさえ楽しみを見出したい生き物なのだな。物品の獲得に効率と秩序のみを求めるならば、それこそ申告制・支給制でいいものな。
かつてモブキャラクターの台詞全てが「イラッシャイマセー」で再生されるという特大バグをやらかしたゲームがあってな
そろそろコンビニは客の入店と退店をセンサーで正確に感知して「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」を言ってくれる機械を導入しませんか?声はさとうささらがいいと思います。人工音声ソフトの有名どころの中ではさとうささらが1番「いらっしゃいませ」と「ありがとうございました」に向いている声質だと思います。そうなるとCevioを開発・販売している会社が儲かりますね。Cevioを開発・販売している会社が儲かるとどうなると思いますか?あのタカハシが歌えるようになり、さらにZ軸の概念が彼にプレゼントされることでしょう。