「わかります」がわからない覚書|壊れるほどわかっても 1/3も伝わらない
わかるマン
「業務とは全然関係ない話で申し訳ないんですけど」。そう前置きをして店長がぽつりと続けた言葉に私は心底驚いた。「25歳を超えた辺りから、なんかこう、毎日うんざりというか、飽き飽きしてきません?」。曰く、毎日こうして仕事して帰宅して酒飲んでゲームして起きたらまた仕事。別に仕事自体が嫌ってわけじゃないけれど(これはきっと嘘)、あまりにも刺激がなくて、やることはいっぱいあるはずなのに退屈で仕方がない。つとめて軽い声で押し出された科白に私があれほど驚いたのは、ひとえに、同じようなことをこのブログで散々書いてきたからだった。書いて書いて書いて、それでもなお書き足りないくらいには書いてきたからだった。私はすぐさまそれに同意しようと思った。同意しようと思って、同意における最初の一言を伝えようとして、それがどうしてもできなかった。
わかりますマン
「わかります」。なんて軽い言葉なんだろう。「わかります」と言おうとして、やめて、でも「わかります」以外の言葉が出てこなくて、「ウ゛ーーーーン……」とたっぷり10秒は唸ってしまった。これじゃまるで同意しあぐねている人みたいじゃないか。違うんだ。めちゃくちゃ同意するんだ。でもそこで「わかります」じゃだめなんだって、とっさに踏みとどまったんだ。なぜ踏みとどまったんだ?とりあえず「わかります」って言っといて、そこから話を続けていけばいいじゃないか。うまく同意ができなかった。わざわざ「白黒さんなら多分わかってくれると思うんですけど」という親切な前置きまでもらっておいて。
わすれたマン
あまりにもびっくりしたせいか、それとも言葉に詰まって焦りまくったせいか、その後のやり取りをほぼ覚えていない。唸りに唸ったあとで自分が何を言ったかも全く覚えていない。私は一体、何と返したのだろう。悩みに悩んで結局「わかります」と言ってしまったのだろうか。そんな薄っぺらな言葉を。会話の記憶がまるまる飛ぶなんて初めての経験だ。人って、わかりみが深すぎると「わかります」とも言えなくなるんだな。記憶が飛ぶくらいに。わかりみが深すぎて私のキャパシティを軽々オーバーしてしまった。気の利いたことが何ひとつ言えないダメな従業員で申し訳ない。
へたくそマン
そのあとのことは覚えている。店長が言うには、先々週くらいに急な欠員やら客とのトラブルやらでちょっとだけ(これもきっと嘘だ)イライラして、クレームの電話を入れてきた客と電話越しにガチ喧嘩してしまった、いつもならこれくらいの対応はこなせるのに反省しかない、と。今度こそなんとか気の利いたことを言おうとして、やっぱりいい言葉が思い浮かばなくて、「ウーン、そこは反省っていうか、それよりもこう、いつもできてることができなくなるのって、やっぱ余裕がなくなってる証拠だと思うんです、自分ではそうは思わないかもしれないですけど、余裕がないとそうなるんです、ちゃんとガス抜きしてくださいね、こう……ボン!!ってなる前に」と言った。ここは覚えている。今思い返すとめちゃくちゃ偉そうというか上から目線というか店長に向かって何様だよって感じで苦笑いを禁じえない。でもね店長、私、そういうことにかけては誰にも負けないんです。プロなんです。あなたよりずっとずっと、人生のヘタクソが上手いんです。多分ですけど。だから少しくらい偉そうに言わせてくださいよ。
へこみマン
ハァ。私は人の相談を受けるのに向いてないし、弱音を受け止めるのにも向いてない。店長は普段めちゃくちゃエネルギッシュな人で、こんなこと言わない人なんだ。でも私になら、ほら、歳が近くて、一応リーダーしてるし、この店にそこそこ長くいるし、この店のあるあるとか分かってるし、言ってもいいんじゃないかって、思ってくれたのかもしれない。それなのに白黒、お前なんてザマだ。ハァ。ブログでなら、いくらでもそれらしいことが言えるのに。「すみません店長、その発言に対するお返事はこの場ではできそうにないので、ブログにしたためて後日URLを送ってもよろしいでしょうか」って言えたらどんなにいいか。ハァ。これでも結構真剣に凹んでるんだ。相手の言葉、わかりすぎるくらいわかっても、「わかります」って気持ちをどうしても伝えられない。「わかります」が、わからない。