珈琲三杯|思索のための思索

限界フリーターが毎日の思索を書き綴る。手帖の代わり、或いはゴミ箱。

イメージカラーが紫のミステリアス系美少女についての覚書|人間じゃない生き物を見ると「うわ人間じゃない!かわいい!」ってなる

バス停のベンチに自分ひとりだけが座っていて同時刻にやってきたたくさんのバスが次々と私の前で停まってはドアを開けてくれるのを眺めているとなんだかお姫様になった気分になる

みんなもやろう

 

ムウマージ(♀)とかシャンデラ(♀)とかさあ

頭のてっぺんからつま先まで、細胞の隅から隅まで探しても、私の中にお姫様が見つからない。虫めづる姫君なら、わりとそこらじゅうで見つかるのだが。そういえば、小さい頃もあんまりお姫様には興味がなかったな。私も人並みに女児アニメは見ていたしごっこ遊びもしていたが、その当時からお姫様だとか正統派ヒロインはそっちのけでやや癖のあるキャラクターに熱を上げていた記憶がある。セーラームーンではほたるちゃんが好きだったし、おジャ魔女どれみではおんぷちゃんが好きだった。私のツボは「イメージカラーが紫のミステリアス系美少女」なんだなあ。ちなみに、東京ミュウミュウではざくろおねーさまがめちゃくちゃ好きだった。プリキュアは世代じゃないのでまったく疎いのだが、もし今からでもプリキュアシリーズを視聴したならば、きっとキュアムーンライトキュアマカロンを好きになることだろう。でも闇キュアもたまんねえんだよなあ。最近の魔法少女といえばやはりまどか☆マギカだが、なんかもう視聴するまでもなくほむらに落ちることは目に見えている。ねえ、あの子眼鏡かけるの。最高。

 

そのへんの干物も生魚に戻るレベルで干物をしている女

幼少期からミステリアスへの憧れをこじらせているせいか、こう、歳を重ねてからもミステリアスへの憧れが捨てきれなくて困っちゃうな。私はアラサーになった今でもミステリアスになりたいんだ。なんというかね、私生活が謎に包まれてて、人と違うことやってて、どことなく世間離れしていて、独特のセンスがあって、孤高にして優雅、神妙にして不可思議、それでいてなんかこう、一本芯の通った人間みたいなのになりたいんだ。ええ、そう。そうなのです。今はすっぴんに引っ詰め髪で穴の空いたヨレヨレのシャツとケツが破れたジャージという目も当てられない格好でこの記事を書いておりますけれども、こんな無様な姿でなおミステリアスへの憧れをつらつら語ることができているのは、ひとえにこの夢が夢に過ぎないことを心のどこかで理解している証左なのです。

 

ATELIER BOZが来月30日でクローズってマジ……?

憧れに片足が届いているときが一番苦しいってことが分かっただけ、これまでの人生は決して無駄ではなかったでしょう。憧れから遠く隔たって何ひとつ届かないときの方が、却って気が楽なのです。もしも私が本気でミステリアスを目指して努力していたならば、そこに至るに足りていないもののぶんだけ苦しくなったでしょう。けれども今の私は何ひとつ努力していないし、何ひとつ足りていないのですから、ちっとも苦しくないのですよ。世界のどこにすっぴんに引っ詰め髪で穴の空いたヨレヨレのシャツとケツが破れたジャージ姿の「イメージカラーが紫のミステリアス系美少女」がおりましょう?だから、私は全然苦しくないのです。今ここでブログを書いているのがばっちりメイクに髪もしっかりセットして上から下までATELIER BOZのお洋服で決めたぱっと見「イメージカラーが紫のミステリアス系美少女」だったとしても、未だそこには内面のミステリアス、ミステリアスの本質が伴っていないのですから、きっと苦しかったでしょう。何も持っていないよりも、中途半端に持っている方が、よっぽど苦しい。

 

魔法少女にも魔女にもなれないお年頃

お姫様の話をしようとしてこんな切り出しを始めたのに、なぜかミステリアスな美少女の話をしている。かつて幼い頃に見ていたミステリアスと、今も眺め続けているミステリアスは、たぶん全く同じものだ。変わった点があるとすれば、それはただ私が歳を取ったということだけだ。私が現実に追いついてしまった。いや、現実が私に追いついたのかな?とにかく、私はこの先ずっとこんな感じで、いつかヨボヨボのババアになってもミステリアスへの憧れを捨てきれないことだろう。いや、ヨボヨボのババアの方が却って味が出ていいかもな。魔女の格好とかして過ごそうか。通報されない程度に。

 

それはそれとしてゴーストタイプとエスパータイプポケモンには小さい頃からたまらんエロスを感じるんだよね

幼少期にこじらせていたのはミステリアスへの憧れではなくただの性癖だった可能性が

 

 

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