珈琲三杯|思索のための思索

限界フリーターが毎日の思索を書き綴る。手帖の代わり、或いはゴミ箱。

止まる喜び~~~~~~!!!についての覚書|大きく息を吸ってそのまま止める運動~~~~~~!!!

夜道ですんげーのそのそ歩いてるゴキブリを見た

お前そんなに遅く歩けたのか

 

一寸の虫にも五分の魂っていうけど実際あいつら意思も自我もなくて五分の魂 だけで・・・ 動いているような気がするからメチャクチャ怖いんだよな

へー。ゴキブリってすんげーのそのそ歩けるんだ。初めて知った。てっきりカサカサ走ることしか出来ないもんだと思ってた。だってほら、ゴキブリ、じっと止まってるかカサカサ走ってるところしか見たことなかったから。ゴキブリにとっちゃ、のそのそ歩くことの方が却って難しいんじゃないかって。それどころか、のそのそ歩くという行為自体そもそも出来ない身体なんじゃないかって。まあ、私の足が近づいた瞬間にいつもの速さでカサカサ走ってどっかに行っちゃいましたけどね。まあ、ゴキブリにも、一息ついてのそのそ歩きたいときくらい、あるよね。

 

人生?

もしも、もしもゴキブリが、本当にのそのそ歩くことが出来なくて、じっと止まってるかカサカサ走ることしか出来ない生き物だったら……ゴキブリの人生は、なんだか気の毒だ。皆さんだったらどうしますか?じっと止まってるか、カサカサ走ることしか出来ない身体だったら。じっと止まって過ごしますか?それともカサカサ走って過ごしますか?両方?両方ですか?ほほー。私だったら一生をじっと止まって過ごしますね。そんで、餌の方からこちらにやって来るのをずっと待っておくんです。え?餌が一生やって来なかったら?そのときは、そのまま死ぬしかないですね。チーン。

 

躁(そう)だよ

常にカサカサ走っている、もとい、常にアグレッシブに動いている人を見るといやホントすげえなあって思うけど、もしもそれが常にアグレッシブに動くことしか出来ない身体の人だったら、思うことは多分変わってくるんだろう。多分……そう、すごいことに変わりはないけど、なんだか気の毒だなって、思うかもしれない。そんで、自分が常にじっと止まっていることに、それでいて特別誰からも咎められないことに、一抹の安心を覚えるかもしれない。何を生産するでもなく、何を消費するでもなく、強いて言えば二酸化炭素を生産して酸素を消費しているくらいだけど、そうしてこの場にただじっと止まっていられることに、感謝の心すら抱いてしまうかもしれない。

 

火薬で出来たナイフみたいな人いるじゃないですかたまに

カサカサ走ることしか出来ない人ってのは、有能に見えるし、頼もしく見えるし、パワフルに見えるし、他にもとにかくこう、とにかくなんかいい感じに見えますよね?で、実際いい感じである場合も多いですよね?私だって、新しいバイトを採用するときに、カサカサ走ることしか出来ない人と、じっと止まっていることしか出来ない人のどちらかを選べと言われたら、そりゃ前者を採りたくなりますよ。だいたいみんなそうじゃろ。でも、じっと止まることを知らないってのもなかなか困りものなんですよね。落ち着きがないとかおっちょこちょいとかそういう意味じゃないですよ。止まり方を、知らない人ってことです。

 

ほどほどにね

世間からすれば、止まり方を知らない人よりも、走り出し方を知らない人の方が、ずっと気の毒なんでしょうね。ウン。なんせ人類はその歴史が始まって以降走って走って突っ走ってここまでやってきた生き物ですから。私?私は……走り出し方を知らないってのもあるし、そもそも走る気がないってのもあるし、そもそもそも走るために必要な身体がないってのもあるし、そもそもそもそも……まあ、そんなところです。スタートの時点で既に落伍車に乗っているのです。スタートする前から救護テントに転がされているのです。そんなわけで、人類の皆さん、私のぶんまでほどほどにカサカサ走ってください。