珈琲三杯|思索のための思索

限界フリーターが毎日の思索を書き綴る。手帖の代わり、或いはゴミ箱。

始まりが見えなくてもうどんはうまい覚書|メモ:次はもっと具体性と中身のある記事を書く

マゴ……マゴ……

1週間くらい前から書きたくて書きたくて仕方がないネタがあるんですけど「あっこれ絶対書いてる最中ユーウツになるやつや……」という予感しかしなくてなかなか着手できずにいます。これどういう気分のときに書くのが最適なんでしょう?書きたいという思いは本心なんですけど、それと同時にヴォー!!!書くの怖えー!!!という思いもあり、マジで悩んでいます。この気持ちを例えるなら……そうですね、第一志望の学校に落ちてしぶしぶ第二志望の学校に通うことになった人間が、止せばいいのに第一志望の学校に受かった人間のSNSを覗きに行ったり、第一志望の学校の入学式のネットニュースを覗きに行ったりしてはユーウツになっているような感じですよ。止せばいいんですよ。止せば。自分の傷をえぐるような真似、しなければいいんですよ。えぐられない傷はえぐれないんです。何もせずとも勝手に痛む傷はこの世にたくさんあるけれど、えぐらなければ、それ以上はえぐれないはずなんです。なのにどうして人間という生き物は、時に、自ら傷をえぐりに行ってしまうのでしょうか?

 

始めよ、さすれば始まらん

頭の中にははてなブログの編集画面を前にキーボードを叩いている自分がいて、編集画面にはいい感じの文章が並んでいて、どんな感じの流れで書くか、どんな感じのオチにするか、だいたい決まっていて、妙に筆が乗っているところまで容易く想像できるにもかかわらず、書き始めのビジョンだけが見えないのも不思議な感じだ。終わりは見えているのに始まりが見えない。始める気は無いくせに終わらせる気は満々なのがなんとも滑稽だ。始めないものは、終わらないんですよ!白黒さん!でも、人間往々にしてありませんか?途中経過と終わりのビジョンはハッキリ見えているのに始まりのビジョンだけが見えないこと。どうすれば自分は始めるんだろう?どうすれば自分は始まるんだろう?この世で自分が始まったとき、自分がどのように始まったか覚えていますか?

 

うめーからマジで!うどんの代わりに豆腐でも可!

ウゥ。何かを始めるために何を始めればいいのか教えてください。白黒れむ、32歳、特技は……何かを始めないことです。現状維持大好きウーマンです。しかしながら30超えてからの「現状維持」とはゆるやかにゆるやかに下降していくことを指すのではないでしょうか。現状を維持しているつもりなのは本人だけです。労働中は「始めた」人たちを大勢見ます。彼らは始めたんです。私は……私といえば……29円のゆでうどん生卵納豆めんつゆラー油をかけてキャッキャ喜んでいます。29円のゆでうどんに生卵と納豆とめんつゆとラー油をかけてキャッキャ喜ぶのはやめた方がいいでしょうか?おしゃれなおパン屋さんで298円のおパニーニとか買っておキャッキャした方がいいんでしょうか?ここんとこずっと始まりは見えないのに終わりしか見えなくてうんざりしてしまいます。終わりに彩りを添えるための始まりがどこかに落ちてないものでしょうか。

 

この記事のオチが見えない

終わります。