近況
すごい人「今日のうちから明日のことを思い悩むのはやめた方がええで」
ぼく「うるさい!パンチ!」
明日って今日さ
のっけから不敬すぎんか?どうもぼくです。今日のうちから明日のことを思い悩まずにはいられないぼくです。明日の準備をせずして今日という日を終えることが出来ないぼくです。今日という日は明日を生きるための準備期間でしかなく、明日という日は明後日を生きるための準備期間でしかないぼくです。今日という1日は常に明日のためにあるぼくです。今日の存在意義は明日のため以上のものにならないぼくです。いつも頭の中が明日のことでいっぱいなぼくです。今日のことなんてちっとも考えられないぼくです。今日を謳歌することが下手くそなぼくです。今日が分からないぼくです。今日を今日することが出来ないぼくです。今日……今日が生きられない……今日の生き方が分からない……ぼくです。
仕事量保存の法則ってあるじゃん(ない)
1日の仕事量を100としよう。今日の仕事に加えて明日の仕事の準備もやるとなると、今日の仕事の量はざっくり120くらいになる。じゃあその分明日の仕事量が80になるかと言われればそんなことはなくて、明日になれば新たな仕事がそこらじゅうから勝手に生えてきたりするし、前日の準備が何の役にも立たなかったなんてのも往々にしてあることだし、それはそれとして明日は明日で明後日の仕事の準備もするから、そうだな、明日も120くらい仕事をする。明後日もまァ似たようなもんで、もちろん明々後日の仕事の準備もするから、明後日も120くらい仕事をする。ウン。なんかおかしい。何かがおかしい。明日ラクをするために、今日120やってるんじゃないのか。明日も120やるなら、ラクになってないじゃないか。どうして。1日の仕事量は100でしかないのに、どうして私は毎日120の仕事をしているんだ。しかもバイトなんだぜ。社員じゃないんだ。毎日毎日店内の掃除だの補充だのを繰り返すだけのただのバイトなんだ。デスクワークですらない。私の代わりはいくらでもいるようなただの単純労働バイトなんだ。何をそんなに明日のことについて考える必要がある?おかしい。おかしい。おかしい……何かが……何かが絶対におかしい……
最近の小学生の置き勉事情ってどうなの
しかし思い返してみると……はて、私は、明日の準備をしないと今日という日を終えられないような子供であっただろうか?明日の時間割をして、明日必要な道具を揃えて、明日着る服を出しておいてから寝床に就くような子供であっただろうか?答えはノーだ!うちのおかーちゃんに訊いてみな!ならばなぜ、私は今、明日のことばかり考える大人になり果ててしまったのだろう。何をそんなに明日について考えることがあるというのか。私の明日に、今日を費やすほどの価値が果たしてあるのだろうか?休みの日にあっても考えることはたいてい明日のことだ。というか休みの日ってほとんどねンだわ。基本週休0.5日、最後に丸1日の休みを取ったのが2月ですからね。今日をないがしろにして明日のことばかり考えることが大人になるということなら、私は明日の準備が出来ないおバカな子供のままでいたかったよ。
ひょっとすると明日も生きてるかもしれないし
なんかね、物は言いようというかね、明日のことばっかり考えてしまう特性も「先のことを考えて行動している」だの、「計画性がある」だの、言い換えることでいくらでも褒め様があるように見えるが、そうじゃない。そうじゃないんだ。このままでは、本当の意味で私が「ラク」を出来る日が、生涯1度もやって来ないことになるんだ。だってこの理論で行くならば、私はきっと人生が終わるまさにその日も”明日”の準備に費やしているんだろうから……やって来ることのない”明日”の準備を……
だからね
だから明日のことを今日思い悩むなってワケよ
すごい人の言葉
だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。
——マタイによる福音書6章34節(新共同訳)
