珈琲三杯|思索のための思索

限界フリーターが毎日の思索を書き綴る。手帖の代わり、或いはゴミ箱。

幼児に学ぶ賢い口の噤み方についての覚書|幼児の大人しぐさ、好き

とある日のコンビニ夜勤ハイライト

買ったお菓子を幼児に手渡すお父さん「いい?お菓子は車の中で開けちゃだめだからね?ちゃんとお店の中で開けなさいよ?わかった?」

何かを察して口を噤む幼児「……………………」

限界フリーターわたし「逆ゥ!!!!!!!(ありがとうございましたー)」

 

日常生活でこういうの教えるの大事だよね(逆だけど)

ンフフ。こういうシンプルなのに弱いんだって。ンフフ。お父さん、かなりお若かったのにそのへんの注意をちゃんとしててエライって思ったけど、肝心なところが逆なんだよなあ。フフッ。そしてついさっきまでキャッキャしてた子供が急にスン……って黙ったのも大変よかった。そうだよね。こういうときは、これに限るよね。指摘しなくていい間違いならわざわざ指摘しなくたっていいんだよね。うんうん。「ああ、言い間違えたんだなあ」って自分の心の中でサラッと流してあげればいいんだよ。相手の言いたかったことが理解できればそれでヨシ。幼児マジ大人。一応お父さんの名誉のために補足しておくと、夜勤ハイライトと言っても22時ちょいすぎの出来事なのでド深夜ではないです。幼児連れ歩くにはちょっと遅いけど、休日だからまあいいでしょ。どっかに遊びに行った帰りかなんかでしょ。半年くらい前にド深夜3時頃に幼児連れてきて幼児と一緒に店内走り回って鬼ごっこしてたアホの父ちゃんは爪の垢を煎じて飲んでどうぞ。

 

何かを指摘するためには一定の信用が必要なので

自分のたくさんある欠点の最たるものが「指摘したがり」「指摘されたがり」であるという自覚が大いにあるので、黙すべき場面では黙して事を大きくしないように努めてはいる。努めているだけ。「指摘したがり」な性分は、まだかろうじて優等生してたころの名残みたいなモンですよね。大人、それもダメな大人になってからもズルズル引きずってるのマジでタチ悪い。そもそも私ごときが何かしらの指摘をしたとしても、大抵は相手の方が一足先に把握してるから、「そうなんだよね~」みたいにサラッと流されることが多くて、「あっ既に把握してらっしゃいましたか~~~!!!そりゃそうですよね~~~!!!いや~~~流石ですゥ~~~!!!」てな具合に2年後ワンピースのスパンダムがルッチを持ち上げるときのようなリアクションで誤魔化すまでが様式美。「指摘されたがり」ってのは……もし自分にミスがあったりヘンテコな状態になってたら誰でもいいから知らん人でもいいから問題が大きくなる前に1秒でも早くその場で指摘して欲しいなって思っちゃう……他力本願……責任転嫁ともいう……

 

わからないものランキング1位:ぜんぶ

指摘した方が相手のためになる場合もたくさんあるし、指摘しない方が相手のためになる場合もたくさんある。どっちの場合もたくさんある。人の一生、いろいろな場合がありすぎてわけが分からないよ。いろいろな場合ばっかりだよ。人間は大昔からいろいろな場合に備えて経験に基づく知識やら知恵やらを後世に伝えながらやってきたよ。でもそれだけじゃ全然足りないよ。いろいろな場合に対応するためのいろいろな場合マニュアルが人間には全然足りてないんだよ。いろいろな場合が、多すぎるよ。

 

冒頭の幼児、単に「?????」ってなってただけでは

そこ指摘しなくていいから……