珈琲三杯|思索のための思索

限界フリーターが毎日の思索を書き綴る。手帖の代わり、或いはゴミ箱。

真冬なのでみんなでひんやりする覚書|そもそもそもそもそもそもそもそもそもそもそもそもそも

真冬なので怖い話しまあーす

2019年の交通事故死亡者数は3215人。年々200人ずつくらい減少しているとはいえ、相変わらず3000人を超える人々が命を落としているらしい。仮に2020年も同ペースで現象して、3000人を切ったとしよう。それで2021年も200人くらい減って、2500人くらいになったとしよう。わあすごい。1970年の16765人と比較すると、圧倒的少なさ。えーとこれはつまり、2020年を生き延びて2021年に到達した日本在住の人のうちで、2500人くらいが交通事故で命を落とすことが実質確定しているということだ。2021年に命を落とす彼らは、今頃何をしているだろうか。仕事をしているだろうか。ご飯を食べているだろうか。風呂に入っているだろうか。とにかく、2021年に死ぬ彼らは、まさか2021年に死ぬことなんてあるまいと思いながら、いやそんなこと思ってすらなくて、普通に生活しているのだ。運命の視点から見れば、もう2021年に交通事故で死ぬメンバーは決まっている。運命の手元には既に、【確定版】2021年交通事故死亡者ならびに死亡状況一覧なんておっかない資料が印刷してあって、運命はその通りにことを実行するのみなのである。2021年に交通事故で死ぬことが確定している2500人、そのうちの1人は、あの子かな?この子かな?それとも、わたしかな?怖い話おわり。

 

この話前にもしたような気がする(ここ1番怖い話)

 

そもそもね不注意とか不慮とか不運とか不幸とか以前にねそもそも車なんてものがそもそも存在しなかったらねそもそもそもそもそもそもそもそも

 統計についての知識は全くないけれど、正直に作られた統計はウソをつかないと思う。ウン。これまでコンスタントに数千人死んでいたものが、ある年から突然0人になるなんてことはない。2021年に交通事故死者数が0になる確率は如何程か?逆に言えば、2021年に交通事故死者数が突然1万人に跳ね上がるなんてこともまあ、ないのだろう。しかし、「2021年に交通事故で1万人以上が亡くなることはまずあり得ません」と言われたところで、喜べるだろうか。「2021年に交通事故で2500人程度が亡くなることは十分あり得ます」と言われることはこんなに恐ろしいのに。どちらも同じデータから出た予測だというのにな。世の中に原因が変わらず存在している限り、そこから生じる結果がある日突然0になることはないのだ。とはいえ、原因は初めから「原因」であるわけではないし、何が真の原因であるか見極めることさえ人類には難しい。しかし真の原因なんか分からずとも、人類はうまく世界を回している。あとになって「原因」を作り出すことは、人類の十八番だからね。

 

正直すまんかった

昔、ガードレールもなんにもない、道に1本白線を引いただけの狭くお粗末な歩道を歩いていた時のこと。しばらく歩くと歩道を塞ぐように電柱が立っていたので、私は何の気なしに車道側に寄って電柱を避けた。左側には避けられるだけの幅が無かったからだ。すると後ろから来ていた車が、私の動きを予想していなかったのだろう、慌てて私を避ける気配がした。その時に対向車線にはみ出したらしく、対向車が慌ててクラクションとブレーキをかける姿が見えた。幸い何の事故にも至らなかったが、最悪の場合、歩行者1人と車2台の事故になっていただろう。まあ原因としては、私が車道側に出る前に後ろから車が来ていないか確認しなかったのが悪い。正直すまんと思っている。ここで私が「そもそも狭い歩道のど真ん中に立っている電柱」を責め始めたらキリがないし、そんなことを言い始めたら「そもそも車の存在」とか「そもそもそもそも道の存在」とか「そもそもそもそもそもそも人の存在」とか、本当に、いくらでも、原因は作れてしまうからなあ。「私が事故りそうになったのはそもそもそもそもそもそもそもそも人の存在が悪い」なんて、もはやギャグにしかならない。

 

何かをしても責められるし何もしなくても責められるのが神様だからたまには優しくしてあげよう

原因を「作り出す」ときは、あんまり上まで遡りすぎないことだ。最終的に、人類とか、地球とか、運命とか、神なんかを原因にしなくちゃいけなくなるから。逆に言えば、これらは究極の受け皿だ。時間無制限誰でも憎み放題、原因の大バーゲン、みんなのおやつ。人類憎んで個人を憎まず。神様憎んで人類憎まず。ウーン、これは良いことなのかな?

 

 

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