生きているだけでいい(生きているだけでいいとは言ってない)覚書|たったこれだけ(ぜんぶ)
どうあがいてもドンパチ
「ここにサインするだけでいい」という台詞の中には、物語を不穏不吉な方向に進めるためのエネルギーがぎっしり詰まっている。我々読者がこの台詞を目にしたが最後、手榴弾の安全ピンは無情にも引き抜かれる。「ここにサインするだけでいい(ここにサインするだけでいいとは言ってない)」。ここにサインするだけでいいとは言ったけど、ここにサインするだけでいいとは言ってないですよね。言われたとおりここにサインして、本当にそれだけでよかった物語があるなら是非とも教えて欲しい。この台詞が出てきたあとの展開といえば、サインを拒否してドンパチ始まるか、サインを書いてドンパチ始まるかの二択である。
※これと似たような台詞として、「XXの姿を見かけなかったか?」を挙げてもよいだろう。XXの姿を見かけた人間がいようがいまいが何かしらドンパチ始まるのがお決まりである。また該当の人物が見つかろうが見つかるまいが、XXが大変なことになっている確率は非常に高い。彼ないし彼女が人間の姿を保っているだけ、まだ有情というものである。
白黒さんあなた普段どんなジャンルの作品読んでるんですか
はい
それ甘露じゃなくてニトログリセリンでは
「██するだけでいい」という甘露滴る言葉をくぐり抜けた先には、大抵の場合、また新たな「██するだけでいい」が待っている。そうやって我々は「██するだけでいい」の蟻地獄から抜け出せないまま人生を終えていく。窮地にあって「生きているだけでいい」と言われた人間が、そのまま死ぬまで「生きているだけでいい」人間であったというケースは、残念ながら極めて稀である。「生きているだけでいい」と言われた当の本人は、その後大抵の場合、意識的無意識的問わず「生きているだけ」以上のことをやっていし、遅かれ早かれ周囲からせっつかれることだろう。昨日「生きているだけでいい」と言われた人間が、明日には「ただ生きているだけじゃだめだ」と言われるようなことは、フィクションよりむしろノンフィクションにおいて日常茶飯事である。
ごはん!( ╹◡╹)
「生きているだけでいい」の次の段階として正当なものは一体何だろう。はて、人間は単純な生存の次に何をせねばならぬのか。何を成さねばならぬのか。ええと……なんだ?人間がやらなきゃいけないことってなんだ?そもそも生きているってなんだ?高尚な話になっては困るのでここらでIQを下げておかねばなるまい。えーと、えーと、私が「生きているだけでいい」をクリアしたら挑みたい課題、ウーン…………ごはん!(IQ5)
生存が先か労働が先か
IQが下がった結果大変なことに気づいてしまった。「生きているだけでいい」こそが人間の最低限度にして原点だと思っていたが、どうやらその前に「ごはんを食べているだけでいい」があるらしい。なんてこった。それもそうか、生きているためにはごはんを食べている必要があるし、ごはんを食べているためには生きている必要が……おっと。これは沼だぞ。生きているのが先か、ごはんを食べているのが先かなんて、生存とごはんの間を反復横跳びさせるような真似はよしてくれ。それじゃ待機モードと充電モードの間を反復横跳びするロボットと何ひとつ変わるものではない。ここでこの無益な反復横跳びを終わらせるための助け舟を出そう。「働いているだけでいい」だ。働かざるもの食うべからずというありがたい言葉に代表されるように、我々の社会においてはごはんを得るためには働かなくちゃいけないんだから、「働いているだけでいい」を「ごはんを食べているだけでいい」の前に置くのだ。ええ?生きている前に働くんですか?いやそこは安心して欲しい。先程と同様、働くにも生きていなければならないのだ。よって、「生きているだけでいい」を「働いているだけでいい」の前に置こう。これによって「働いているだけでいい」⇒「ごはんを食べているだけでいい」⇒「生きているだけでいい(基点)」⇒「働いているだけでいい」⇒……の世にも不毛な無限ループが完成だ!ヒャッホウ!私かよ!
あーもうめちゃくちゃだよ
上の段落を要約すると、「生きているだけでいい、そのためにはごはんを食べるだけでいい、そのためには働くだけでいい、そのためには生きているだけでいい」となる。欲張りだなあ。「██するだけでいい」とは一体何だったのか。でも、大人って実際こんな感じで生きてるでしょ。大人だってみんな本当は 生きているだけでいい のだ。ああそうそう、たった今「生きているだけでいい」とは言ったけど、 生きているだけでいい とは言っていないのだ。ハァーア、やんなっちゃうよ。真に 生きているだけでいい 大人になりてえなあ。