珈琲三杯|思索のための思索

限界フリーターが毎日の思索を書き綴る。手帖の代わり、或いはゴミ箱。

夢in夢on夢at夢of夢with夢from夢for夢についての覚書|夢のまた夢も夢

夢がお前でお前が夢で

夢の中で夢と同じ夢を見た上に夢の中の自分が夢の中の人間であることに夢の途中から気づくというとんでもない夢を見た。なんて???もうちょっと詳しく記述すると、「夢を見ました、やがて夢から覚めました、すると目の前には先ほど見た夢と同じ光景が広がっていました、すると誰かが私に向かって『お前も夢だよ』と言いました、それで『ああ、さっきのは夢で、私もまた夢の中の私なのか』と思いました、そこで現実の私が目を覚まして、私の夢は終わりました」ということである。も、もう少し分かりやすい解説いいですか?いいですとも!

 

労働の唯一の楽しみを奪うのやめろ

私は夢を見ていた。その夢の内容は、「同じコンビニに勤めるサカナクション山口一郎似のお兄さんが来月から東京の店舗に転勤する」というものである。一応言っておくと、私がコンビニでバイトしているのは事実で、そこに山口一郎似のお兄さんがいるのも事実である。コンビニバイトに転勤もなにもないと思うが、まあ夢らしいといえば夢らしいだろう。私はそれにとても驚いて、悲しんで、狼狽えた。ひとしきり嘆いたところで目が覚めた・・・・・。「なんだ夢か、バイトの身分で東京に転勤なんてありえないよな」と安堵した。ところがどっこい、私は気づいたらバイト先のコンビニの中に立っていて、「同じコンビニに勤めるサカナクション山口一郎似のお兄さんが来月から東京の店舗に転勤する」という 事実・・ を知った。ジーザス!さっきの夢と全く同じ流れじゃねえか!あの夢は予知夢だったのか!くそったれ!転勤なんて嘘だと言ってくれ!」とこれまたひとしきり嘆いた。そこで突如何者かの介入があった。「コンビニバイトに転勤もクソもあるか、お前もまた夢の中の存在なのだ」と笑う声をはっきりと聞いた。それで、「ああなんだ、ここも夢なのか。洒落にはならんがなかなか愉快な夢だ、起きたらメモ帳アプリに書きつけておこう」と考えた。そこで漸く現実の私が目を覚ました。現実の私は毛布からもぞもぞ顔を出して手探りでスマホを捕まえると、夢の私が考えたとおり、夢の内容をメモ帳アプリに書きつけて、起床時刻まであと2時間近くあるのを確認し、二度寝した。やがて二度寝から覚めた私はこう思った。「はて、どこからどこまでが夢だったんだ?」メモ帳アプリには滅茶苦茶ながら確かに夢の内容が書きつけてあった。

 

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二度寝直前の私が書き残した「またみたいな」が怖いんですけど 見たくねえよ

 

夢判断して♡

ところで、夢の中の私に向かって「コンビニバイトに転勤もクソもあるか、お前もまた夢の中の存在なのだ」と笑いかけたのは、一体誰だったのかな?夢だけど夢じゃなかったと慌てふためく夢の中の私を、「安心しろ、お前も夢だ」と言って落ち着かせてやったのは、現実の私だったのかな?ウーン、でも現実の私ってスヤスヤ寝てるわけでしょう。現実の私の一部?現実の私の無意識?ウーン?ひょっとしたら、現実の私よりも更に高次の私がいるのかな?夢の中の自分が夢の中の存在であることをぼんやり自覚している夢っていうのは過去にもあったけど、今回のように、途中まではここがまごうことなき現実だと思っていたのに、誰かから「お前も夢だよ」と言われ、そこでやっと自分が夢の中の存在であることに気づくというパターンは初めてだ。つい先日までジークムント・フロイト『日常生活に於ける精神病理』を読んでいたせいかもしれない。すると、あれはフロイト先生の声だったのかもしれない。怖っ。

 

今ブログを書いている私が夢の中の私ではないことを誰か証明してくれ

摩訶不思議もここまでくると、いっちょ実験でもしたくなるな。人はどこまで夢に介入できるかとか、夢の中の自分と対話することは可能かとか。四六時中「現実」「夢」という概念をぶら下げながら生活することで、夢の中の私が夢の途中で 習慣としての・・・・・・ 「現実」「夢」という概念を思い出し、「はて、ここはもしかすると夢の中なのではないか?私とは別に現実の私というものが存在するのではないか?」と自覚してくれるかもしれない。一見めちゃくちゃ言っているようだが、夢の中の登場人物たちは総じて服を着ているんだから、不可能ではないと思う。服を着ることは当たり前なのだ。現実で服を着ることがあまりにも当たり前すぎるからこそ、みんな夢の中でも服を着ているんだろう。そうじゃなかったら、夢の中の登場人物たちは着衣と裸族と半々でもおかしくない。でも不特定多数の人間が裸でうろうろしている夢なんて記憶にない。だから、「現実」「夢」という概念をぶら下げながら生活する習慣が服を着ることくらい当たり前になれば、それが夢の中でも当たり前になるかもしれない。

 

よそはよそ うちはうち 現実は現実 夢は夢

寝る前に百ぺん「今から起こることは夢の中の出来事です」と唱えてから目を閉じるという案を考えたけれど、そのせいで目が覚めてからも永久に夢から戻ってこられなくなったら嫌なのでやめておきます。起きている間に現実と夢との境界が曖昧になったら嫌なのでやめておきます。消毒薬の香りがする馴染みのないベッドに横たわって白い天井を眺めながら、「はて、ここは現実なのだろうか?それとも夢なのだろうか?」と考える羽目になるのは嫌なのでやめておきます。ここが現実だと信じているうちはここが現実だと、信じているうちはたぶんきっとおそらくここが現実です。

 


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