珈琲三杯|思索のための思索

限界フリーターが毎日の思索を書き綴る。手帖の代わり、或いはゴミ箱。

組織にはみんなを一生幸せにするよって言ってほしい覚書|エライさんがおいしい牛丼を食べられますように

幸せになる最善の方法は幸せについて考えるのをやめることだ

「今まさに我々がかかずら っている『これ』が果たして誰を幸せにするのか?」などと考えながら労働してはいけない。オフィスでキーボードを叩いている人も、工場で何かを作っている人も、窓口でアレコレ対応している人も、店内で商品を扱っている人も、人前でパフォーマンスしている人も、屋外で荷物を運んでいる人も、「はて、自分の行いは一体誰を幸せにしているのだろう?」などと考えてはいけない。これらの活動をすることによって少なくとも自分は賃金を得て生活することが出来るわけだが、「はて、これらの活動によって自分が賃金を得て生活することが出来るという事実は自分を幸せにしているのだろうか?」などと考えてはいけない。

 

牛丼は食えましたか?

ド深夜、バイト先におエライさんが来て、今後の店舗運営方針やらなんやらについて90分くらい丁寧かつ親身な説明をして帰っていった。いい人だった。うちの本社の社員はエライ人ほどアルバイトに対して腰が低い気がする。以前やたら謙虚なオッサンが視察に来たなあと思ったら社長だった。ドッヒャー。あくまで「アルバイトに対して」であって、直属の部下である社員に対してどう接しているのかは知らないけど。「朝からなにも食べてなくてお腹ペコペコです」「ドンキってごはん置いてありましたっけ」「この辺に牛丼屋ありませんか?」などと言いながら店を去っていったエライさんの哀愁漂う後ろ姿を眺めつつ私が抱いた感想といえば、「はあ、組織ってキッショイなあ」である。エライさんは泣いていいと思う。しかし私はこう考えるのだ。「人のいいあのエライさんが朝からド深夜まで飯も食わずに働くことによって、一体誰が幸せになるのだろう」と。

 

社員の幸せを願うアルバイトの鑑

あの夜ほど、自分が組織の末端の末端の末端に辛うじてひっついている土くれ程度の人間でよかったと思った瞬間はない。組織の葉の1枚でなくてよかった、枝の1本でなくてよかった、根の1本でなくてよかったと思った日はない。もっと分かりやすい言葉を用いるなら、「しがないフリーターでよかった……」と思った日はない。後にも先にもないだろう。あったらすいません。うちの本社がなんか色々やろうとしてすげー頑張ってるのは伝わる。社員の人たちが地方の店舗のアルバイトひとりひとりと面談してまで理解と協力を求めたり、「何かあればいつでもサポートセンターが対応します」「皆さんが責任を負うことは一切ありません」と安心させてやるなどして、めちゃくちゃ頑張っているのは伝わる。ウン。でもそれはそれとして、「はあ、組織ってキッショイなあ」という感想を撤回して差し上げる気にはなれそうもない。会社がでっかくなれば、会社のみんなは幸せになれるのかなあ。そうなら別にいいんだけどさあ。何よりも社員の人たちは幸せになれるのかなあ。あんまりそうは思えねえんだけどさあ。

 

バイトはほんのちょっと隠し味程度にプリプリしながらやるくらいがちょうどいいのだ

「どうしてエライさんたちはこんなことも分からないのかしらプンプン」と不貞腐れながら自発的に仕事を行っているときは、ブチブチ文句を垂れつつもなんやかんやで充実しているのだ。ところがいざエライさんたちがそれを理解してくれる段になって、エライさんから直々に「こうしてくださいね」という指示を受ける頃になると「えっ、ヤダ」って気分になるの、なんなんでしょうね?理解してほしいとは言ったけど口出ししてほしいとは言ってないって、反抗期の子どもじゃないんだから。まあ恐らくは、「自発的にやってるなんてすごい!その調子で引き続きお願いします!」って言ってほしいんだわ。「自発的にやってるなんてすごい!じゃあ次回以降はその都度こちらからそのような指示を出しますね!」って言ってほしいわけじゃないんだわ。イヤホント反抗期の子どもじゃないですか。アレ思春期?反抗期?反抗期と思春期の違いがイマイチ分からない。

 

気づきたくなかったけど

今回組織という組織に喧嘩を売りはしたものの、当然私は組織というものから完全に分離して単独で生きられるほどサバイバル能力の高い人間ではない。かといって、組織の一部分として組み込まれてそれでずっとやっていけるほど辛抱強い人間ではない……ように思われる。組織の一部分として組み込まれたことがあんまりないので分かりません。私が組織の一部分として組み込まれたこと、ありましたっけ?学生の頃を思い出しても、やっぱり末端の末端の末端に辛うじてひっついている土くれ程度の人間だったんじゃないかしら?アウトローなんてイカしたものじゃないんだよ。ひっついてる土くれなんだよ。今のご時世、社会に向いてないとか組織に適してないとかそういう素質がとことんマイナスに見られる世の中である。そんなこと言われても、こっちは植物のいち組織じゃなくて、ひっついてる土くれなんですから。しゃーない。それで、土くれは土くれなりに考えて行き着いたのが、「ひょっとして、組織ってあんまり人を幸せにしないのでは?」という結論である。

 

自然文明のマナブースト超気持ちいい

組織の末端の末端の末端にひっついてる土くれとして、やれるところまでやろう。ひっつく力を失ったら、そのときはただ、母なる大地に還るだけだ。

 

 

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