珈琲三杯|思索のための思索

限界フリーターが毎日の思索を書き綴る。手帖の代わり、或いはゴミ箱。

お昼寝についての覚書|ここでいう「お昼寝」とは概念上のお昼寝であってそれが昼に行われようが夜に行われようがどちらでもよいのじゃ

労働中にお昼寝したいなあ

したいよね

 

当時は絵本の読み過ぎでいつか自分も食べられてしまうんじゃないかと大真面目に怯えていた

幼稚園のころは、「お昼寝」の出来ない子どもであった。幼稚園のお昼寝。部屋の中にみんなの布団を敷いて、みんなで横になる。先生たちはそんな我々のことをちらちら眺めながら、めいめいに何かをやっている。はて、先生たちは、一体何をしているのだろう?周りはよくこんな状況で呑気にお昼寝なんかしていられるものだ。だって、先生たちが何かをしているんだぞ?我々が眠っている間に先生たちが一体何をしているのか気になりはしないのか?「何をしているのだろう」というボウルに山盛り一杯の好奇心、それと……「何をしているのだろう」という、これまたボウルに山盛り一杯の……なんだろう?これは……これは……ああそうだ、恐怖!これは恐怖だ!子ども抜きで話し込んでいる先生たちというものは、どうしてああも大きく、強く、恐ろしく見えるのだろう。我々の間に混ざっている先生たちと、我々を抜きにして集まっている先生たちとでは、顔つきも話し方も何もかもがまるで別人ではないか!これはひょっとすると……大人だけで、我々を食べる算段をしているのではなかろうか?かつて絵本で読んだように、お鍋でグツグツ煮たりして!どうしよう!この事実に気づいたのは私だけだ!一刻も早くこの場から逃げなければ……ああ……ああ!先生たちが私に気づいた!たくさんの子どもたちの中で、私だけが起きていることに先生たちが気づいてしまった!ああどうか、お鍋でグツグツだけは!お鍋でグツグツだけはやめてください!

 

先生たちの名誉のために一応言っておきますが

お鍋でグツグツはされませんでした

 

お昼寝中に世界が滅びてたらやだな

なんでのっけから急にこんな大昔話をやり始めたかというと、自分が無防備に眠っている間にも自分の周りでは物事が勝手にどんどん進行していくし、自分がちょっと目を閉じている間にも自分のよく知る人が自分の全く知らない顔をしていることがあるし、自分の世界が一時停止している間にも自分の外の世界ではたくさんのものが絶え間なく動きを続けているってことが、当時の自分にとっては好奇心の対象であり、同時に恐るべきものだったってことが言いたかったんですね。ほんとかよ。まあ要は、入口やら通路やら店のあちこちでカバンも財布もスマホも投げ散らかして靴やズボン(!)を脱いだ状態でひっくり返って寝ているお客様たちは、自分がこうしてひっくり返っている間にも、外の世界ではあなたの意思とは無関係に物事が進んだり知ってる顔が知らない顔になったり周囲のものは常に動きを続けているという事実に、恐れを感じたりしないんですか?ってこと。まったく、ここがサンパウロじゃなくてよかったな。

 

よかったね

しかし今となっては、無性にお昼寝がしたい。もちろん店の入口や通路でひっくり返るのはなく、ちゃんとした場所で。あの頃の私聞いてるか。大人になったお前は、お昼寝が出来るようになったんだよ。なぜって、お昼寝中に突然お鍋でグツグツ煮られる可能性は限りなくゼロに近いことを知ったから。お昼寝中に突然お鍋でグツグツ煮られる可能性が限りなくゼロに近いということを確信できるほど、長く生きてしまったからだ。仮に労働中の短いお昼寝が自由に出来る職場があったとして、ある日うとうとしていると自分の周りで上司や部下や同僚が見たこともないような顔をして話し込んでおり、寝ているフリをして聞いているとどうやら自分をお鍋に放り込んでグツグツ煮る算段をしているらしい……なんてことが現実に起こる可能性は限りなくゼロに近いということを、人生の中で、知ってしまったからだ!ゼロとは言わないけど。あの頃は、ひょっとしたら近いうちにそういうことが起こるかもしれないと大真面目に思っていたから、お昼寝しろと言われてもお昼寝できなかった。でも今なら……できる!お昼寝が!

 

ただしクソ忙しい年末年始やGWにはいっそひと思いに煮てほしい永遠にお昼寝したいって思うことある

あるよね

 

遊び疲れて行き倒れている子どもはかわいいけど

遊び疲れて行き倒れている大人は本当にかわいくないからやめた方がいい